uwabami days

アーティスト活動を生業とする三鷹在住アートユニットuwabamiの日々

uwabamiイベント情報(0511更新)

 現在予定されているuwabamiイベントです!詳細は決まり次第随時アップします!皆さんにお会いできるのを楽しみにしています!

  •  【uwabami展示&ライブペイント@仙台市天文台】※NEW!!!
  • 【uwabamiライブペイント@ららぽーと新三郷】※終了
  • 【uwabamiライブペイント@錦糸町テルミナ】※終了
  • 【uwabami探し絵&作品展@郵政博物館】※終了

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4月生まれの赤ちゃんグッズ、これがよかったシリーズ

一歳までの赤さんグッズでこれは活躍したというものをご紹介!

赤さんは個性があるので、わが赤さんにしか通用しないものもあるかもしれませんが、我が家的にヒットだったもののご紹介。賞味期限短いものもあるのでその辺も。
そして生まれ月で必要なものも結構変わるな〜と思いました。我が赤さんは4月上旬生まれです!誰かの役に立つといいな〜(^^)

 

吐き戻し用ガーゼ(手作り)

これ、肩に乗せてゲップを出す時、吐き戻しで親の服が汚れたりを防ぐものとして作っておいたのですが、我が子は殆ど吐き戻しがなく、枕がわりに使ってました。5枚作ったな。よだれとかミルクがたれてもすぐ洗ってすぐ乾くので重宝。1歳になった今も枕として使ってるけど、最近は寝相悪すぎて機能していない笑

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トッポンチーノ(手作り)

どこでも寝れるしそのまま寝せれるし、旅先にも持って行けて便利だった!スリングに入れてクッションがわりにもしてた。私の母が作ってくれたものだけど、カバーも2枚あるから洗い替えできて清潔。本体までオシッコが漏れても丸ごと洗って乾かせるし、布団より断然早く乾くので助かった!(中身はオーガニックコットンの綿)
体がはみ出る頃(5.6ヶ月頃)からはあまり使わなくなったけど結構長く使ったな!

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スリングと併用も!
f:id:uwabami_jp:20210424204801j:imageお泊まりでも活躍!

 

柔らかいガーゼ(amazonで購入)

沐浴用に買ったけど途中から私の母乳パッドに笑。市販のは蒸れちゃうし、痒くなったけど、これは比較的肌に優しくて重宝。追加で大量購入。授乳後使わなくなるかと思いきや、離乳食後のお口を拭いたり、ハンカチ的に持ち歩いていてずっと使えている。伸びて形はヨレヨレになってきてるけど毎日洗って1年使っても肌触りがずっといいので買ってよかった!

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07Z3GHN4Q/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o07_s00?ie=UTF8&psc=1
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ベビービョルンのバウンサー(知人から頂いた)

1ヶ月くらいから6ヶ月まで使い倒しました!とにかく赤さんのお気に入りだったので、旅行先や実家に帰省なんて時も畳んで運びました。ちゃぶ台でご飯の時は目線が同じになるし、ちょっと待ってて欲しい時はバウンサーに入れておけば安心だし、離乳食スタート時期(うちは離乳食が早く、4ヶ月から)もバウンサーに乗せて食べさせてました。赤さんはハイハイなど動くのがすごく遅めだったので長期で活躍し、とても便利でした!

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1ヶ月ごろ

f:id:uwabami_jp:20210425201043j:plain6ヶ月ごろ

 

モビール(手作り)

スーパーでもらったストローと糸、ビーズ、色画用紙だけで作った簡単モビール。
目で追うのが楽しかったのか、かなり長く見てくれた。3から7ヶ月くらいまで見てくれてたかな。今はインテリアとして部屋にまだ飾ってあります。(手が届くところに飾るともう壊されちゃう)

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ベッタのキャリーミー(スリング)(amazonで購入)

もっと早く買うべきだった!!月齢低い間(約3ヶ月頃まで)はすごくお世話になった!入れると眠るのでスリングに入れてご飯食べたりしてた!近所の散歩はスリングで行ってたけど、そのうち抱っこ紐へと移行。ちょうど夏だったので抱っこ紐のメッシュ素材がありがたく、そこからは抱っこ紐メインでスリングは使わなくなってしまった。

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07DQGXMSY/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o05_s00?ie=UTF8&psc=1

スワドルミー(amazonで購入)

0ヶ月から3ヶ月までの間、我々の睡眠不足を救ってくれたモノノ一つ。正直派手なビジュアルも締め付けがハードなこともあんまり好きじゃなかったので、購入時はまあ試してみてやってもいいぞ、くらいのつもりだったけど、試してみたらなんと寝るようになったことか!!!3ヶ月でちゃんと卒業して眠れるようになったので依存もなく助かった!
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B004GJXM74/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o07_s01?ie=UTF8&psc=1
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マママンマの皿たち(知人から頂いた)

とにかくすくいやすいのと、可愛いから親のテンションが上がる笑
最初の頃は記録も兼ねて毎回離乳食をちゃんと盛り付けて写真を撮ってました。
だんだんそんなことする暇なくなるんですけどね笑
赤さんは1歳現在スプーン食べをしており、この皿からモリモリ食べております。(こぼすけどね)

食器・mamamanma|10mois公式オンラインショップ

 

エルゴベビー オムニ360 抱っこ紐(店舗で購入)

我が家はこれで本当によかった!私と相方の身長差が結構あるのと、私が143センチの身長なので他社のものは大きすぎてうまくいかず。エルゴのオムニ360は背中側でクロスして背負うことができるので小さい私にもフィット!現在もバリバリ活躍中です!

OMNI 360 オムニ スリーシックスティ | ベビーキャリア:Products 製品紹介 | Ergobaby - エルゴベビー公式サイト | ベビーキャリア・抱っこひも

 

サイベックス リベル ベビーカーB型(店舗で購入)

これは10ヶ月になって赤さんが9キロ超え始め、いよいよ親たちの腰の負担が深刻になってきたので購入。めっちゃ買ってよかった!!!!小さくなるのも嬉しいし、操作性も良い!片手で押せる!!!しかも、10ヶ月からベビーカーデビューで泣きまくるかと思いきや、寝るではないか!!!!!これからバリバリ活躍してくれることだろう!

「LIBELLE」リベル 最小サイズで、最大のバリューを

 

おもちゃ色々

牛乳パックに紐通すやつ(手作り)

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みかんの木(手作り)

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上記二つは長期間遊び倒しました。みかんの木は現在も遊んでいます!
これらは図書館で借りた

手作り知育おもちゃの本 | リトルランド

の本をもとに作りました!

重ねられるカップ・ファミリアの車・ぬいぐるみ(知人から頂いた)

どれもかなり長く愛用してます。ファミリアの車は最近あまり遊ばなくなったけど3ヶ月から7ヶ月くらいまではお気に入りだった気がします。プラカップ系は今もこねくり回してますし、ぬいぐるみは抱きついたりしてるのを見るだけでも癒されます笑

 

逆にあまり使わなかったものたち

 

ベッタの哺乳瓶

これは洗いにくかったのが一番の難点でした!赤さんの場合は特に乳首の形が合わないから飲まない、と言う訳ではなかったけど、親が洗いにくかったのであまり使えなかった。ちなみに赤さんはピジョンの母乳実感の160mlを2つ(1つガラス、1つプラスチックで外出用)使い回して卒乳(9ヶ月初旬)まで過ごしました。4ヶ月くらいからストローマグ(リッチェル)を使い始めていたからか、意外とあっさりと卒乳(哺乳瓶も母乳も)できてしまった。フォローアップミルクは栄養的に飲んでますけどね!

テテオのおしゃぶり

もらったので使ってみたけど1回もまともにくわえてられなかった笑 瞬間的にポイっと吐き出してた!後輩にあげたら重宝したそうなので、子供のタイプによるのかも笑

 

短肌着、買いすぎた!

着替えを毎回するにしても買いすぎました!無印で10枚くらい買ってしまったので。。。
春生まれで暖かくなるにつれて薄着になり、短肌着なしでコンビのみで過ごすことも多くなってしまい、短肌着は本当に買いすぎた!5枚とかで充分じゃないかな?と今は思う。(洗濯の頻度にもよるけど)

 

靴下・ヘアクリップ・帽子・ヘアバンド

毛が短いこともあり、女の子に見えないので可愛くしたい一心で色々アクセサリーを手に入れた訳ですが、全てことごとく外しにかかります!!靴下も可愛いのたくさんあるのになぜか履いてくれない〜!早く履けるようになってくれ〜!


スリーパー

今実はちょっと役立ってきてます!小さい頃は寝返りもあまりしないし、布団をはがない子だったのでほとんど使わず。1歳の今最高に寝相が悪いので寒い日は着せています。そういう意味で最初は使わなかったな。

 

 

結構産まれる季節で必要なものがかなり変わるなぁと痛感。あと寝返りやハイハイ、伝い歩きができる時期でも服装とか変わるから、子の個性をみながら服を増やさないといけないという事が分かりました!服って結構選ぶの大変なのね〜!

 

 

赤さん 8 小児病棟 計測地獄!

2020年4月に母になった、はらだの独り言のような子育て日記ブログ。徒然なるままに書きました。

 

4月13日術後8日目(生後11日)後半

 無事小児病棟に移った赤さん(娘)は痩せたには痩せたけど元気で搾母乳もゴクゴク飲んでいた!お世話ができるようになった我々はオムツ替え一つとっても感慨深い!

うんちしてるよ〜!!わー!!ちゃんと出てる〜!!!写真撮っちゃおう〜みたいな笑

爪切りしてあげたり、抱っこしたり、ここぞとばかりに構ってあげる。
足につけた血圧などを測ると思われる装置以外はもう管類はほとんど取れた。
しかし抱っこの時などにその装置を一緒に抱っこしないといけないのだけが面倒な感じ。重さはスマホくらいの重さだけど、コードが絡まって持ちにくい。
そして19:20分、術後初の直母乳〜!!!!!
飲んでる〜!ちょっとだけど頑張って飲んでる〜!!!!!本能ってすごいな〜!!!そして生きる力ってスゲ〜!!!!!

面会時間ギリギリの20:00くらいまで病院で過ごし、明日から付き添いをお願いしたいと言われ、説明を聞く。小児病棟は基本的には父か母が付き添いをするらしい。基本は母。4人部屋だし、父の場合は個人部屋を追加料金で借りないといけないらしいので、ひとまず母が付き添うことに。付き添いは簡易ソファーをベッドにし、寝具を1日300円で1階のローソンで申し込む仕組み。親の食事は自分で用意。シャワーは20分で浴びてください等その他諸々ルールを色々説明してもらったけど、自分も寝不足だし我が子の回復の喜びで頭ポワッっとしてるしよくわからない。ひとまず明日から我が子と24時間一緒にいれるのだから付き添うべきと思い、翌日からお試しでまず1日付き添うことに。

しかし、これはそう簡単なものではなかったのだ!!!

 

4月14日術後9日目(生後12日)

実はム父さんの誕生日である。しかし、お互い誕生日なんてあまり意識していなかった。赤さんの回復がある意味誕生日プレゼントだな〜抱っこできるだけで嬉しいな〜なんて思っていた。付き添い入院の準備をして、お昼12時ごろ頃病院に到着。
まるでかぐや姫のようにバスタオルに包まれた赤さんはスヤスヤと眠っていた。天使。

父の抱っこが嬉しいのかニッコリスマイルを見せてくれてもう嬉しくてメロメロ。
直母乳も少しずつ練習して、ゆっくり飲めるようになってきている。
そうなのだ。なんで直母乳を飲めているかどうか分かるんだ?と思う方もいるでしょう。そうです、そうなんです。直接母乳の度に毎回体重を測っているのです!!!!!

これがめっちゃ厄介!!!!!
うんち&おしっこも毎回計測して時間や重さを記録するのですが、母乳を飲ませる時も計測しないといけないのです!
ただでさえ、まだ抱っこするのも慣れていないのに、足についた計測装置を外れないように抱っこして体重計のあるホールまで行き、体重を測り、おっぱいを飲ませ、せっかく眠ったりしている子を抱えてまた体重を測りにホールへ行き、体重計に乗せると起きて泣くのでまた抱っこして寝せて。。。という手間が発生するのです!
ちなみにうんちやおしっこも毎回子ども用トイレに置いてあるスケール(料理用みたいなg単位で分かるスケール)までオムツを持って行って計測しないといけません。時間と回数も記録するので、もはや赤さんが眠った隙に測りに行くしかない!
ム父さんがいてくれた19時まではよかったけど、そこから先は私一人で全部やらないといけない!この計測地獄は想定外だった!!!こんなに大変だとは!!!
当たり前だけどベッドを離れるときは必ずベットの柵をつけなければならないので自分のトイレに行く時でもさっとは行けない。とにかく空き時間がほとんどない!!!
直接母乳の時は体重も計らないといけないので大変だから結局合間で搾乳して、それも計測して飲ませないといけないし、気づいたら夜が明け、一睡もできなかった!!!!!30代で初めての完全徹夜を味わった!

4月15日術後10日目(生後13日)

そんな訳で、赤さんをあやしながら白んでくる空と朝の富士山を眺めつつ(病棟から富士山が見えるのは癒された)一睡もできなかった震える体で思ったのは「今日も付き添いは無理!!!」という事でした笑 
新米母の私には赤ちゃんの事もよくわからないし、自分の体もまだ治ってないし(鎮痛剤を切らすとダメな状態がまだ続いていた)、病院のシステムもわからないし、これは続けたら自分が倒れる、と思いました。もちろん、病院のスタッフさんを捕まえて相談して、ちょっと見ててください!とか、多少赤さんが泣いてても気にしないくらいのメンタルがあればよかっただけなのですが、いかんせん、私の産後のメンタルは非常に弱っており、赤さんが泣けばオロオロし、スタッフさんに頼る頼り方もままならず、ただひたすら、早く退院してム父さんと一緒に穏やかにお家で育児がしたい、この計測地獄から一刻も早く脱したいと切に願うばかり。
11時ごろム父さんと合流してようやく仮眠。泥のように眠る。
担当医の先生に「付き添いどうでしたか?」と聞かれ、「一睡もできませんでした!!!」と元気よく答えてしまった。本当に眠れなかったのだから仕方ない。
そして、自分の身体のためにも、面会時間の最初から最後まで病院に来るけど、夜は家で休もうと思います、と思い切って相談。あっけなく了承を得た。赤さんには申し訳ないけど、完徹をもう一日するほど私には体力がなかった。ごめん!そして内心家に帰れると思うとホッとした。
その日も1日ム父さんと交代で計測地獄をすり抜け、動画を撮ったりしながら赤さんの仕草に一喜一憂して過ごしていた。
すると我々の切実な願いが通じたのか、「赤さんはすこぶる順調に回復しているので、最速で明後日退院出来るかも!?」と担当医の先生からのお話!嬉しすぎる!!!!!
20:00前、最後の直接母乳を済ませ、また明日来るからね、言って帰宅。数時間後にはまた会えるのに、別れ際はやっぱり寂しい。メンタル弱ってるから涙も出る。
そして帰宅するとまた泥のように眠った。でも搾乳の時間になるとタイマーのように必ず目が覚めるから、人体の不思議。


4月16日術後11日目(生後14日)

この日はたくさん検査があって、朝からバタついていた。
付き添いをしないとなると、コロナの関係で両親揃っての面会ができなくなる。ム父さんと交代で赤さんのお世話をするのだが、検査があると時間が前後してお互いなかなか直接赤さんに会えない。そのため直接母乳を飲ませられないので搾乳をして過ごす。
16時ごろ、寝不足がまだ抜けきらず、待合室でうたた寝をしていると、突然、担当医の先生が来て

「お母さん、明日退院できますよ!」
と声をかけてくれた。

遂に!!!!!

退院が決まった〜!!!!!バンザ〜イ!!!!!!!

その先生の明るく元気な声が私には神様の声のように聞こえた。神様の声なんて聞いたことないけど笑 そのくらい嬉しかった!

そこからは退院準備の説明が盛りだくさん。

術後の傷の事で異変があった場合の連絡先(写メで外科医の先生に直接相談できるというありがたい仕組み)、予防接種は退院後3ヶ月はしない事(輸血の関係らしい)、腕を強く引っ張らない事(術後間もないので胸が開いてしまうことがあるそうだ。恐ろしい)、1日3回循環機能を補助する薬を飲ませ続ける事、へそのをがまだ取れていないのでそのケアのことなどなど。
それでも明日退院できるのだというだけでメチャ嬉しくて「はい!何でもします!」と言いたいくらいだった。
その日も20時前まで面会し、「明日三鷹に帰れるよ〜!マイスウィートホームだよ〜!やったね〜!」と赤さんに声がけし、ウキウキと帰宅。

 


4月17日術後12日目(生後15日)

遂にセレモニードレス、そして妊娠中に編んだおくるみを使う日が来た!
退院時はせっかくなので記念写真を撮ってもらった。
こんなに早い退院は異例らしいけど、とにかく退院できるんだからオールオッケ〜!
コロナがあったり、入院数が増えてベッドが足りなくなったのかもしれないし、我が家が帰宅しても夫婦揃って育児できるから先生がOKしてくれたのかもしれないけどとにかく退院は退院だ!
2日くらい前に先生から「早く退院したいですか?」って聞かれて、え?当たり前じゃん!って思ったけど、ワンオペのお母さんとかは早く退院しすぎると家で余計に大変だから、落ち着くまで付き添い入院する人も多い、と聞いてなるほど、それもそうなのか。とも思った。

確かに最初の説明では退院まで3ヶ月くらいはかかると思ってくださいって言われたな。搾乳用のフリーザーパック大量に余っちゃったYO!なんて浮かれている。
退院前に直接母乳の姿勢のアドバイスなんかもしてもらい、手術してくれた外科医の先生とも少しお話ができ、とにかく感謝でいっぱいだった。
そして嬉しかったのは「基本的に普通の子と同じように育ててあげてください。次回は1ヶ月検診の時に会いましょう。またね〜」と担当医の先生が言ってくれた事。
手術の影響で稀に障害を持ってしまったりというケースもある。でもそういう子は小児科の先生が見ればだいたいすぐ分かるそう。言語の障害などは大きくならないと分からない事もあるけど、そういうケアも含めて定期検診をしてくださるそうだ。
もちろん退院して何かあったら…とか、障害とか出てきた時に自分は気づいてあげられるのか?など不安がゼロなわけじゃないけど、不安がっても仕方ない。
とにかく赤さんの生きる力を信じて全力で愛情を注ぐ事しか私には出来ないし、それがベストなのだろうと思う。

お昼過ぎ、退院手続きが全て完了し、タクシーで帰宅。
ああ、この柔らかくてふにゃふにゃの生き物が遂に家にやってくるのだ!
赤さんは移動中もスヤスヤと眠っており、とてもお利口であった。

ようやく私の母にも会わせることができ、三鷹でのニューライフがスタートするのだった。

出産時3720gで生まれた赤さんの体重は3280gまで激減して退院した。
そうなのだ、きっとこの手術の事を生まれる前から知っていて、大きく生まれたに違いない、と私は思う。さすが我が子、と思う親バカなのでした。


多分続く。

赤さん 7 NICU(新生児集中治療室)

2020年4月に母になった、はらだの独り言のような子育て日記ブログ。徒然なるままに書きました。

 

4月10日術後5日目(生後8日)

榊原記念病院に通うのもだいぶ慣れ、タクシーじゃなくても身体も大丈夫そうなので、Googleマップの職場に病院を登録した。これでルート検索が簡単に。我が家から病院までは時間によって乗り継ぎが違い、うまくやらないとなかなか辿り着けない。職場として登録し、その時一番良さそうなルートで行こう。実際、出勤するように毎日通っているし。これが私の今の仕事だし!

NICUに移動すると、少し生活感が増し、両親がある程度のお世話をする事ができるようになる。面会可能時間も長くなり、コロナ対策で両親のどちらか一人だけ入室というルールはあるけれど、交代で会えば1日に父と母の両方が面会できるようになった。

 

具体的にお世話とは、スタッフさんがついてくれ、抱っこしてミルクや搾乳した母乳を解凍して哺乳瓶に入れたものをあげたり(まだ直接母乳は体力的に厳しいのであげれない)、沐浴をしたり、身体を拭いてあげたり、オムツを替えてあげたりできるようになる。

また、着替えやバスタオル、ボディーソープやボディーミルク等が必要になり、全てのものに名前を書き、病院に置いておく事になる。

 

NICUに移動する前日の夜、私は張り切って着替えやバスタオルに赤さんのネームタグを刺繍して縫いつけた。寝不足でフラフラだったが、油性ペンでただ名前を書くのに抵抗があり、どうしても刺繍したかった。しかもタオルの柄などに色を合わせて全部違う色にしたいという謎こだわりが発動。手伝いに来ていた私の母にも指示を出しつつ、下着やタオルなど全部で7種類縫いつけ、満足した。

こういう謎の努力が、私にとって大切だった。

赤さんにしてあげられる事があるだけで気持ちが安らぐ気がした。

 

そしてNICUに移動した4月10日、なんとム父さんは初抱っこできたのだ!!!!!

ム父さんは父親として認めてもらうべく、積極的に搾母乳をあげたり、沐浴をしたりして過ごしたそうで。スタッフさんから、「お父さん、すごく積極的にお世話してくれてましたよー!」と報告が 笑。

そうだよねー、私は産んで1日半一緒に過ごしてるけど、ム父さんはコロナで面会できなかったから今初めてちゃんと抱っこできたんだよねぇ。

赤さんは初めての父抱っこの中、ゴクゴクと幸せそうに搾母乳を飲んでいた。(動画を撮ってもらった)哺乳瓶で飲むのも運動。最初は管を通してしか飲めなかったのに、哺乳瓶から飲めているというだけで感動!そして目が開いている所を見れたのも感動!!!二重かな?なんて待合室でム父さんとキャッキャと話したりして。

そして先生から「言うことは何もないくらい順調です」と笑顔で言ってもらい、またまた親バカ発動。さすが赤さんだと賞賛。
本当に面会の時間があっという間。しかし、ほこほこしたあったかい気持ちで赤さんを賞賛しながらム父さんと帰宅できるのが今はありがたい。

 

4月11日術後6日目(生後9日)

今日はおしっこ用の管が取れた!!!

瞬きもたくさんして、キョロキョロ目を動かし、搾母乳も一回30から40mlくらい飲めるようになった。今日は私が抱っこして搾母乳をあげる事ができた。まだ管が色々ついているので、それらが抜けたりしないよう、バスタオルで包んだまま抱っこする。久々の授乳だ。というか、哺乳瓶であげるのって、もしかして初めてだったのかも。哺乳瓶を赤さんの口にあてると迷わずゴクゴクのむ。しっかり食べて、しっかり眠る。本能で生きている。本当に生命力ってすごいなぁと改めて思う。

 

赤さんがちゃんと搾母乳を飲んでくれるので、私も3時間おきの搾乳を張り切ってやっていた。夜中でもちゃんとタイマーのように目覚めて、夜な夜な搾乳する習慣がついていた。最初は10mlくらいしか出なかったのに、今は1回50mlくらい搾乳できるようになった。母乳とは本当に人体の不思議である。何故産むと出てくるのか?

 

4月12日術後7日(生後10日)

今日も元気に出勤ー!笑

毎日順調に回復する赤さんが嬉しくて、通院も楽しい。今日は搾母乳を50ずつ飲んだ赤さん。飲みっぷりも豪快で素晴らしい。そして、鼻の穴の管が細くなって鼻が見えるようになったのがまた嬉しい!!!

先生からは「これからどんどん管が取れますよ〜」と言ってもらえ、嬉しくて待合室で小躍りする両親たち 笑

 

指しゃぶりする所が見れたり、声をだしたり、両目でこちらをじっと見てくれているだけで面白い。眠る時のポーズが妊娠中のエコー写真で見てたポーズと同じで微笑ましい。左手を顎の下に持ってきて首を傾げてるようなポーズ。

 

ちょっと前から気になっていたのが、おしゃぶり的役割だと思われる哺乳瓶の乳首がベッド脇に常に置かれている事。

このNICU(PICUもくっついている)にはたくさんの子供たちがいる。全部で15台以上はあるであろうベッドはほぼ満室。それだけ命の危険に晒される子供達が日々駆け込んでくる、という事なのだろうか。スタッフさんがいつも忙しそうで、子供に対してちょっと人数が足りないのでは?という印象を受ける。もちろん、皆様丁寧に子供達を看てくれているのだろうけど。

この哺乳瓶の乳首は、きっと赤ちゃん達を鎮めるためのものなんだと思われるが、これをテープで口にとめている事がある。安全のためにもそうするのだろうけど、なんか少し可哀想な気がしてしまうのだ。

早く元気になって退院できたらいいなぁと改めて思う。

 

4月13日術後8日目(生後11日)

今日も元気に出勤ー!とバスで病院に向かっていると、なんと榊原記念病院から電話がかかってきた!ドキドキドキドキ心拍数があがる私。何か問題でもあったのか?!これはもしかしたら緊急かもしれないから電話に出よう。

「もしもし?」

「あ、赤さんのお母さんですか?どうも。担当医です。今ってもう病院向かってますか?」

「は、はい。今向かってます。(バスの中だし、緊張もあってかなり弱々しい声)」

「そうですか。ならー、、、そのまま来てください。」

「は、はい。(おそるおそる)」

「あ、悪い知らせとかじゃないので心配しないでくださいね。」

「あ、ホッとしました〜。(早く言ってくれぇー!!!)」

「着いたら説明しますので、手術の説明した面談室に来てください」

「は、はい。ありがとうございます(何の説明???)」

「ではまた後ほど〜」

「は、はい。よろしくお願いします。(フランクだなぁ)」

電話を切った後、一息つく。

そういえばもしかしたら小児病棟に移るかもしれないと昨日帰る時にスタッフさんが言ってたからその説明かな?という事は順調なのかしら???

 

到着すると、何と赤さんは小児病棟へ既に移っていた!とても回復が順調なのと、NICUのベッドが足りない事もあり、今一番状態のいい赤さんが小児病棟に移る事になったのだ!

 

そして、顔の管が全部取れてる!!!もう自力で呼吸できるんだねぇ!赤さんの肺も頑張って回復したんだねぇー!!!すごいぞー!!!

 

 

続く。

 

赤さん 6 ICU(集中治療室)

2020年4月に母になった、はらだの独り言のような子育て日記ブログ。徒然なるままに書きました。

 

4月6日の午後、産院を早期退院できた私は、そのままタクシーで榊原記念病院へ。

13時に赤さんとの面会許可が出たので(時間も電話で相談して面会できるようにしてもらった)1秒でも長く赤さんの側で応援できるよう、ム父さんと合流してかけつけた。

 

ICUは面会人数や時間に制限があるのでインターホンで係の人を呼び、熱をはかったり、手洗いや消毒をしっかりし、もちろんマスクも着用して中に入る。荷物は待合室のロッカーに入る。当時はコロナが流行り始めたばかりだったので、この後だんだんと制限が多くなっていくのだが、4月6日の時点ではまだ厳しすぎない感じだった。

このICUの中にはたくさんの弱った命があるのだから、自分の不注意で新型コロナウィルスのような爆弾を持ち込んでは絶対にいけないと、毎回手洗い、消毒など入念にし、気が引き締まる思いだった。

 

係の人に案内されて、赤さんの側に行くと、自然と涙が溢れてくる。笑いながらも何故か泣いてしまう。「がんばったねー。すごいねぇ。さすが赤さんだねぇ!しっかり休んで早く元気になるんだよ〜」と何度も声をかける。

触ってもいいと言われたので管がついて包帯が巻かれている手をさすったり、少しだけ頭を撫でたりする。

赤さんはほとんどの時間、こんこんと眠っているようだった。

「いい夢みるんだよ〜。赤さんはなんにでもなれるんだからねぇ〜。元気になったらいっぱいあそぼうねぇ。」

など色々声をかけてみる。

 

先生からは「拒絶反応などもなく、安定しているのでこのまま様子をみます。」という説明を受け、またしてもありがとうございます!本当ありがとうございます!のただただ感謝。

 

本当に皆様優しくて、多分面会時間オーバーしてた(写真を見返すと1時間以上いた気がする)のに我々を見過ごしてくれていた気がする。

帰る時には「明日も来るよ。しっかり休んで、早く元気になってね!」と声をかけて去る。

今は搾乳した母乳を冷凍して届ける事と、限られた面会時間に声をかけてあげるくらいしかできないけど、たった1時間でも側にいれることが嬉しかった。

 

明日も来る、と言ったものの、4月7日からは全面的にコロナ対策で面会は両親のうち1人だけ、30分のみになるとの事。

こればかりは仕方ないのでム父と母らだが交互に来ることにした。

7日、私は全力で休む事にし、面会はム父さんのみにお願いした。早期退院したとはいえ、痛み止めは6時間おきに飲まないといけないほどまだ痛かったし、悪露の量もすごかったから貧血だし、私は自宅でモリモリごはんを食べてぐっすり眠り、3時間おきに搾乳し続ける事に専念した。

母乳配達人としてム父さんを派遣し、ム父さんが面会しているであろう時間は私も念を送るように赤さんに声をかけた。家でぶつぶつ赤さんに声をかける私を見て、私の母(手伝いに来てもらっていた)はさぞ不憫に思ったかもしれない。一見するとちょっと精神病んでそうに見えたかもしれない 笑

でもこうして念を送ったり身体を回復させたり搾乳をしていると、やれる事をちゃんとやっている気がするから精神的にも良い気がした。

 

ム父さんの報告によると、赤さんは順調に回復し、おしっこもちゃんと出ているので、少しずつ管を取っていくとの事。やったー!すごいぞ!赤さん!!!まずは一安心。1日無事に過ごせただけでとても嬉しく感じる。

 

4日8日、術後3日目。

私は1日ぶりの我が子に会えるのが嬉しかった。一人で行くのはまだ体調的にも不安なので、ム父さんと一緒にタクシーで病院へ。ム父さんは待合室で待ち、私だけ面会する。

いた〜!!!

いるのは当たり前なんだけど、ICUの機械がいっぱいあったりする部屋の中に我が子がちゃんといる!というだけで嬉しくてまた自然と涙が出る。

面会中、赤さんがくしゃみをしただけでもう嬉しくて身悶えた。口をもきゅもきゅしてたり、手ももう動いていて、確実に回復が見てとれた。
前回あったゴッツイ機械がなくなっていて、お腹の管もとれてて、もう少ししたら鼻の管もとれて、声が聞けるかも、との事!
さすが赤さん、スーパーガールだ!!!と謎に誇らしく思う。既に親バカ開始である。でも本当に嬉しくて、子供の為なら何でもできるという人の気持ちが分かる気がした。今なら映画とか小説とかである、子供の為なら命捧げます的な親の気持ち分かる気がする。

スタッフの方が今どんな治療をしているか説明してくださり、記念写真も撮ってくださり、本当、また感謝感謝。面会時間30分が一瞬で終わり、まだ夢を見ているみたい。

この日はお七夜なので、帰宅後に赤さんの名前を筆で書いて、我が家の小さな神棚にあげた。どうか、早く回復して、健やかに過ごせますように。。。こんな時は神様に手を合わせるのもいい気がする。

 

4月9日術後4日目。

とにかく順調!驚異的な回復力でNICU(新生児集中治療室)に移動が決定!口の管も取れて表情がだいぶ分かるようになったぞー!

肺の圧力はまだ様子を見てる状態ではあるが、今月中には退院できるかも、と担当医の先生から嬉しすぎる報告が!感謝しかない!!!!

外は春らしくなり、我が家の小さな庭には赤さんが産まれたら見せたいという理由で植えた花が咲いていた。

私は嬉しくてこの日、スマホに謎なメモを残していた。

みんな、ありがとう!!!

世界は美しい!!!!

赤さん、愛してる!!!!!

 

 

そんな訳で、赤さんのICU生活は終わり、NICUでの生活が始まる。

 

 

続く。