uwabami days

アーティスト活動を生業とする三鷹在住アートユニットuwabamiの日々

uwabamiイベント情報(0115更新)

 現在予定されているuwabamiイベントです!詳細は決まり次第随時アップします!皆さんにお会いできるのを楽しみにしています!

  • 【uwabami探し絵&作品展@郵政博物館】※NEW更新

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赤さん 5 感謝の連続

2020年4月に母になった、はらだの独り言のような子育て日記ブログ。徒然なるままに書きました。

 

赤さんブログ4まで書き、たくさんの方々から感想をいただいて嬉しかったので少しずつ続きを書こうと思います。

4までは忘れないよう、当時すぐに書いた日記をほとんど手直しせず載せましたが、5からは短いメモから思い出しながら書いているのでちょっと雰囲気が変わるかもしれません。

誰かの役にたてば嬉しいです(^^)

 

 

そんな訳で4月5日、無事赤さんの手術が成功してICUの待合室でひとしきり泣き終えた後、ムトウ氏の両親と、我が家に手伝いに来てくれていた私の母にだけ、赤さんの手術の成功の連絡をし、産院に戻った。兄夫婦はつい2か月前に子供が誕生したばかりだったので、今話すとすごく心配させてしまうだろうと思ってまだ話さなかった。もう少し落ち着いて自分で説明がうまくできるようになったら連絡しよう。

 

産院に戻ると「ムトウさぁーん!大変でしたね!」と駆け寄ってくれる助産師さんたち。「早期発見でよかったですね!しかも榊原記念病院で本当によかった!今はしっかりお母さんの身体を休めてくださいね!」と声をかけてくれる。

そう、終始一貫して産院の助産師さん、小児科・小児外科の先生、手術をした病院の方々皆さんが、私のメンタルを気遣ってくれている事がよく分かった。

まず、だれも私に「かわいそう」と言わない。

常にマイナスなイメージを持たせないようにしてくれている。

 

産院ではさりげなく部屋を移動して、赤ちゃんの泣き声があまり聞こえない部屋にしてくれた。(多分思い出して悲しくならないように)

そして何より今やれる事を教えてくれる!!!これが非常にありがたかった。

赤さんは手術後3カ月は入院だと思ってくださいと言われていたので、私がまず頑張るべきは自分の身体を回復させる事と搾乳だった。

 

最初にちゃんと出さないとおっぱいが出なくなるかもしれないと思い、ほぼ毎日きっちり3時間おきに搾乳した。搾乳の仕方は手で搾乳するやり方を産院の助産師さんに教えてもらったのでいつでもどこでも搾乳できるようになった。正に自分がポータブル母乳マシーン!

 

そして次の日の4月6日も赤さんがいる病院の医師の説明と面会時間が限られているため、なんとか面会に行きたいと相談すると、早期退院できる事に!やった!!私の回復が早いから、1日早く退院してもいいとの事!感謝感謝!

おかげでギリギリ両親揃って面会に行ける最後のチャンスを掴めた。

コロナ対策として、ICUに入れる時間と人数が限られることになったからだ。

産院では産後の親の健診も子供の様子を見ながら電話などでしましょうとなり、さらにはお守りに〜と当時手に入らなくなっていた消毒ジェルをこっそりくれたり。退院手続きもスムーズで、本当に助かったしありがたかった。

 

思い返せば榊原記念病院でも到着した最初から気遣ってもらっていた。まずはオムツとおしりふきが必ずいるので先生の説明まで時間があるのでよかったら買ってきてください、と言われ、深夜のドラッグストアに買いに行った時も、ネガティブなイメージになる事を全く言わなかった。

先生の説明までの時間も、子供の名前の候補の話をしたり、私の金髪を褒めてくれたり、我々が仲が良いけどどこで出会ったんですかー?など、深刻になりすぎないように話題をふってくれたり。

毎日忙しいだろうし、次から次へと患者さんが来るし、命の危険と隣り合わせで緊迫する職場のはずのに、、、

皆様すごすぎます!!!

尊敬します!!!

とにかく感謝の連続でしかない!!!

 

そして今回現代医療の凄さにも感謝。

前回までのブログで赤さんの心臓に肺静脈が無いと書いたが、もう少し詳しく書くと、肺静脈にあたる血管が、心臓の変な場所にくっついているため、動脈血と静脈血が混ざってしまい、酸素がうまく運べないという状態だったのだ。

右心房左心房右心室左心室は正常に動いているため、妊婦検診のエコーではなかなか見つかりにくいもので、肺呼吸が始まり、呼吸が浅くなってきたから見つかった。

産院で溶連菌による何かもしれないと検査を進めるうちに、心臓に原因があるとその日のうちに発覚した事がまずすごい。家から近いという理由で選んだ産院(杏林大学病院)だったが、ここで産むことにしてよかった。気づいたのは小児外科の先生だったようだ。そして速やかに榊原記念病院に転院、翌日手術というスピードよ!!

まず、手術前に心臓の詳細な3Dスキャンをし、どの血管がどうくっついているか、どの血管が細くてどの血管が太いか、赤さんの場合どのような手術をすれば一番良いかの計画を全て担当の小児科の先生とオペする外科の先生が直接話してくれた。

全て図解してくれるし、分かりやすく、丁寧。

マジですごいよ、日本の医療!

心臓の図解するマシン作ってる人もすごいし、検査する薬とか、麻酔とか作ってる人もすごいし、全体的な衛生面とかもすごいし、掃除してる人とかもありがたいし、もう色々全部感謝しかないわぁ。

もし江戸時代に私が赤さんを産んでたら、まず私が出産うまくできなくて生きられない、赤さん産まれても生きられない、ム父さんもショックで生きられない!ってなってたわ。きっと。

現代でよかった〜〜〜!

そしてこれがほぼ全て無料というのがまた驚き桃の木である。国保に入っていたため、乳幼児は医療費がかからないのだ。

赤さんの手術費は保険なしだと、ななななんと、1000万円超えだった!入院当時はお金の事など完全に忘れていたが、退院時に明細をみて目をまんまるくしたことは言うまでもない。

税金よ、納税者の皆様よ、ありがとうと言いたい。私もちゃんと納めるよ、、、税金。

この時初めて日本という国の制度に感謝した気がする。

 

今回は日本の医療に感謝という事を書きたかった。新型コロナウィルスで大変な中も現在進行形で頑張ってくれている医療従事者の皆様に本当に本当に感謝したい。

 

その後の赤さんの様子、ICUでの事については次回へ続く。

2021年uwabamiオリジナルカレンダーだよ!

uwabamiも愛用しているAサイズ横位置のシンプルなカレンダー!
今回はタヌタヌ探偵とボンとハレトモのコラボ仕様です!
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2021カレンダー

 

uwabami2020過去のイベント情報アーカイブ

2020年のuwabamiの過去のイベント情報アーカイブです。

  • 【アリオ橋本10周年イベント@アリオ橋本】※終了
  • 【uwabami探し絵イベント「ボンとハレトモ&タヌタヌ探偵の絵本の世界」@郵政博物館】※終了
  • 【戸塚西口3施設10周年記念合同企画@横浜市戸塚】※終了
  • 【Holiday Park Festival@ららぽーと新三郷】※中止

 

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赤さん 4 人生最大の衝撃

2020年4月に母になった、はらだの独り言のような日記ブログ。徒然なるままに書きました。

 

 

運命とは不思議なものである。

世界は突然変わるものなのかもしれない。

本当に私は生まれ変わるような経験をした。

 

4月4日生後2日目。

午前中、赤さんは元気にオッパイを探したり、うんちしたり、すやすや眠ったりしていた。

午後13時頃までは一緒にいて、面会できないムトウ氏のために写真を撮ったりしていた。(新型コロナウィルスのため、父だけど面会できなかったムトウ氏)

そこから、検査のために赤さんは小児科に行ってきた。血液検査の結果、溶連菌の値が通常より高めのため、小児科に入院する事になった。私が溶連菌をもっていたので、覚悟はしていたつもりだけど、さっきまで抱いていた我が子を抱けないと思うと切なくなってしまった。

夫が来るなら詳しい話を揃って聞いてもらう、との事だったので、急遽ムトウ氏を召喚。残念だけどしかたない。そうこうしているうちにも、赤さんの呼吸は浅くなっていき、苦しそうで、酸素の値があまりよろしくなく、呼吸器をつけて、黄疸の治療とともに、検査を続ける事になった。入院の説明を一通り聞き、書類にサインし、19時頃入院手続き終了し、ムトウ氏は帰宅。

部屋に戻ったところ、またまた小児科の先生からお話があるとの事。

そして、私に何かが降臨した。

前回話をしてくれた小児科の先生とは別の先生が紙を用意して図解しながら説明してくれた。

総肺静脈還流異常症。

赤さんの心臓には肺静脈が無い、というのだ!!!

なんじゃあそりゃあ!?!?!?

しかし、パニクっても仕方がない。ここは肝を据える。「赤ちゃんの心臓の手術はとても難しいのでここではできません。榊原記念病院は東日本一の病院でオススメですのでそちらに搬送していいですか?」「お願いします!」「ご両親はどのように病院行きますか?」「夫とここで合流してタクシーで行きます!」「では、お母さんは医師から外出許可をもらってください」

そして赤さんは救急車で榊原記念病院へ搬送される。

「ムトウくん、落ち着いて聞いてね。赤さんには、心臓にくっついているはずの肺静脈が、無いらしい!!それで、手術をする事になって、榊原記念病院って所に搬送されます!とりあえず向こうの先生の話を一緒に聞くために、まずはここに来て!」

これが20時。

私は速やかに外出許可をもらい、身支度を整え、ムトウ氏と合流。タクシーで榊原記念病院へ向かう。

全てが夢のようだ。

ムトウ氏とお互い手をとりあって、夢を見ているみたいだ。

到着すると、まずは小児科の先生から説明を受ける。最初、「お母さんですか?」と聞かれて、「はい!あの、何か変でしょうか?」と聞いたら、「産後2日でよく向こうの病院が出してくれたなぁと思って」と言われて、そうか、私、産んだばっかりだった、と気づく。しかし、私はこの時、何かが降臨していて、別人のようにハキハキとしていた。

先生はとても丁寧で、これがどんな病気で、赤さんの場合はこのような状態で、どんなリスクがあるか。明日の8時に外科の先生から詳しく説明があり、9時から手術の予定との事。頭がどんどん冴えてくる。様々な書類にサインをし、とにかくよろしくお願い致しますと心から頭をさげ、ひとまずはお産をした病院(杏林大学病院)に戻る。

すでにほぼ0時。私は自分が2日前に破水してお産した事をもはや忘れていた。お腹がペコペコで、とりあえず食べれるものを食べまくり、飲みまくってみた。

そしてベッドに横になり、天井を眺めていた。

この時私は神様に祈ったりしなかった。

ただひたすらに赤さんの生命力を信じていた。

そして、どんな事になっても、ムトウ氏と私、uwabamiなら絶対に乗り越えていけると信じていた。

夢みたいだ、というのもあったけど、不思議と落ち着いていて、涙も出なかった。

ただ、今はしっかり食べて、しっかり休んで、体を整えて、肝を据えて、明日の手術に臨む事が赤さんのためだ、と思って眠った。

 

4月5日の朝7時。病院のタクシー乗り場でムトウ氏と合流して榊原記念病院へ向かう。

すごいな、と思うのは病院同士の連携ぶりと情報共有の速さ。武藤ベビーの両親ですと言えば、夜勤の受付の人から看護師までみんな分かるのがすごい。朝も昨日と同じ受付の人がいて、すぐに通してくれた。ありがたい。

8時から外科の先生による手術の詳細の説明がある予定だった。赤さんは一応酸素吸入などして安定していそうな様子。麻酔の先生からも挨拶があり、まずは全身麻酔から始めるとの事。新生児の麻酔やカテーテルは大人でいうと、ボールペンくらいの管を刺すのに等しく、数ミリずれたら危険な作業。体力勝負なところもあり、リスクはあるが、ご了承くださいと言われ、生唾を飲む。ここでもまた書類にサイン。一体いくつの書類にサインをするのか、というほどたくさんサインした。そして、8時過ぎ、外科の先生からの説明。非常に危険で難しい手術だが、今後の事を考えると、今すぐやるべき手術だとの事。

総肺静脈還流異常症の事で困った人の役に立つかもしれないので、一応手術の概要を記録として残します。想像すると恐ろしいかもしれないので、読みたくない方は飛ばして読んでください。

 

全ての説明を聞き終え、心からよろしくお願い致します!と頭を下げ、エレベーター前で集中治療室(ICU)に運ばれる赤さんを見送るとき、一瞬だけマスクを外して笑顔で見送った。きっと大丈夫!あなたならできるよ!!!と、笑顔で送り出してあげたかったから。

赤さんが見えなくなった瞬間、今までずっと出なかった涙が溢れそうになり、上を向いて耐えた。涙は嬉し涙までとっておくんだ!しかし、ちょっと溢れた。

いよいよ9時から手術が始まった。

3時間かかる手術をただ待合室で待つには気持ちが持たないので一旦外出する事に。

外は桜が散り始め、空気が春を含んでいた。病院の脇のベンチでコンビニのコーヒーとココアを飲みながら、ぼーっとしていた。こんな時でもというか、こんな時だからかお腹が空く。緊張感からくる空腹なのかもしれない。

その時、私とムトウ氏は、ここ数日で人生が激変して、生まれ変わった気がするね。と語り合った。今までに経験した事のない、理解の範疇を超えた未知の世界の色を見た気がする。

そして、私とムトウ氏の気持ちはひとつだと、何も言葉にしなくても分かった。私達は完全にチームになっていた。赤さんも含めて、運命共同体のチームだった。

生きる事、何気ない日常のありがたさや美しさが身体中に染み渡ってくる。

どんな事があっても、世界は美しい。その世界を、赤さんと一緒に生きるのだという気持ちでいっぱいだった。旅もたくさんしたいし、美味しいものもたくさん食べたい。花の匂いをかいだり、星空を眺めたりしたい。

新型コロナウィルスで世界は騒がしかったけど、今は目の前の命の事で身体が震えるようだった。新型コロナウィルスも、日常のありがたさを人類に実感させるための何かなのかもしれない、などとぼーっと考えていた。

後半の時間、私は搾乳をして過ごした。しっかり食べて、良い母乳を作り、赤さんに届けなければ、と気合を入れていた。初乳はとても大切だと聞いた事があるし、ちょっとでも搾乳しておきたかった。本当にまだせいぜい10ミリとかのちょっぴりしか出ないのだけど。

そうこうしているうちに、3時間経った。

ICUの待合室に戻り、呼び出されるのを待った。

なかなか時間ピッタリには呼び出されないものだ。鼓動はリラックスしようと努めても、なかなか思うように落ち着いてはくれない。

遂に呼び出され、出入口でしっかりと手を洗い、消毒し、案内に従って個室の中に入る。

外科の先生からの説明。

「予定の手術全ては成功しました。胸も無事閉じました。一度面会していただき、あとは1時間経過を見るので、そのまま待合室でお待ちください。」

「ありがとうございます!!!!!!」

私は机に突っ伏すように頭を下げて感謝した。そして、下げた頭があげられなかった。

手術の成功への安堵で全身が震えて動けなかった。そして遂には堪えていた涙がドドドと溢れてきた。

「では、面会へどうぞ」

と言われ、ドキドキしながら案内について行く。ICUの中はカーテンで仕切られ、沢山の患者さんがいるようだった。重々しい機材がたくさんある中、こちらですと言われ、中を覗く。

赤さーん!!!!!

いっぱい管のついた小さな赤さんが眠っていた。

「よく頑張ったねぇ。さすが赤さんだ!すごいねぇ。ありがとうねぇ。」

側まで近寄り、私は嗚咽しながら我が子を誇らしく思った。産まれて3日目でこんな試練を乗り越えたんだもの。もはや先輩。尊敬すべき人だと思った。そして愛おしいという意味を再認識した。いや、初めて愛おしいという感覚を知ったのだと思う。

この小さな体の小さく震えている心臓よ、頑張ってくれたまえ!と心から願いながら、涙が止まらなかった。

 

先生たちは少し離れた所にズラリと整列していて、「当院の精鋭チームでオペさせていただきました。」と告げられた。私は先生達が救世主にしか見えなかった。輝いて見えた。

「本当に、ありがとうございましたっ」

もう、涙がボロボロ、後から後から溢れ出て、ムトウ氏の腕にすがらないと歩けないくらいだった。

 

待合室に戻って、私とムトウ氏は抱き合って泣いた。今回は嬉し泣きだから泣いていいと思えた。私は人目もはばからず嗚咽を繰り返して号泣した。

思い出せなかったのだ、今まで。赤さんと一緒に過ごした数時間を。思い出したら泣くと分かっていたから、できるだけ考えないようにしていたのだ。でも今、手術が成功した今、その温かさや、柔らかさ、匂い、可愛い仕草、その全てが鮮明に思い出されて、後から後から嗚咽が止まらなかった。

 

1時間待合室で経過を待ち、問題ないと報告を受けてまた更に安堵した。明日も面会できると聞いたので、とても嬉しかった。もちろん、まだ予断は許さない状況だ。拒絶反応や体力低下もありうるのだから。でも、そんな事心配しても仕方ないのだ。悪い方に考えるのは良くない。万事うまく行く事だけを想像して過ごした。大きくなって元気に走り回る赤さんの姿を想像した。

ムトウ氏と一緒にいれる時間も貴重だ。コロナで面会できない今、産院に戻れば離れ離れだ。

私達は赤さんを通して親になるのはどういう事かという事を最初から思い知らされたような気がした。本当に世界が変わったみたいだね。まだ全部夢みたいだね。でもuwabamiなら乗り越えていけるよね。と二人で何度も話し合った。

私は出産からまだ3日目だという事を完全に忘れていた。

 

 

多分続く。


続きの出来事は2021年1月現在、バタバタしていてまだ書けていません。
赤さんは医師たちもびっくりするほどの回復力で回復し、今は普通の子と変わらない成長っぷりを発揮していますのでご安心ください!
赤さんの退院までの流れが参考になる人もいるかもしれないので、時間がかかってもできるだけ書こうと思っているのですが、子育て満喫しすぎてなかなか進んでいません〜(笑)

長文読んでいただきありがとうございました!