uwabami days

アーティスト活動を生業とする三鷹在住アートユニットuwabamiの日々

赤さん8 小児病棟 計測地獄!

2020年4月に母になった、はらだの独り言のような子育て日記ブログ。徒然なるままに書きました。

 

4月13日術後8日目(生後11日)後半

 無事小児病棟に移った赤さん(娘)は痩せたには痩せたけど元気で搾母乳もゴクゴク飲んでいた!お世話ができるようになった我々はオムツ替え一つとっても感慨深い!

うんちしてるよ〜!!わー!!ちゃんと出てる〜!!!写真撮っちゃおう〜みたいな笑

爪切りしてあげたり、抱っこしたり、ここぞとばかりに構ってあげる。
足につけた血圧などを測ると思われる装置以外はもう管類はほとんど取れた。
しかし抱っこの時などにその装置を一緒に抱っこしないといけないのだけが面倒な感じ。重さはスマホくらいの重さだけど、コードが絡まって持ちにくい。
そして19:20分、術後初の直母乳〜!!!!!
飲んでる〜!ちょっとだけど頑張って飲んでる〜!!!!!本能ってすごいな〜!!!そして生きる力ってスゲ〜!!!!!

面会時間ギリギリの20:00くらいまで病院で過ごし、明日から付き添いをお願いしたいと言われ、説明を聞く。小児病棟は基本的には父か母が付き添いをするらしい。基本は母。4人部屋だし、父の場合は個人部屋を追加料金で借りないといけないらしいので、ひとまず母が付き添うことに。付き添いは簡易ソファーをベッドにし、寝具を1日300円で1階のローソンで申し込む仕組み。親の食事は自分で用意。シャワーは20分で浴びてください等その他諸々ルールを色々説明してもらったけど、自分も寝不足だし我が子の回復の喜びで頭ポワッっとしてるしよくわからない。ひとまず明日から我が子と24時間一緒にいれるのだから付き添うべきと思い、翌日からお試しでまず1日付き添うことに。

しかし、これはそう簡単なものではなかったのだ!!!

 

4月14日術後9日目(生後12日)

実はム父さんの誕生日である。しかし、お互い誕生日なんてあまり意識していなかった。赤さんの回復がある意味誕生日プレゼントだな〜抱っこできるだけで嬉しいな〜なんて思っていた。付き添い入院の準備をして、お昼12時ごろ頃病院に到着。
まるでかぐや姫のようにバスタオルに包まれた赤さんはスヤスヤと眠っていた。天使。

父の抱っこが嬉しいのかニッコリスマイルを見せてくれてもう嬉しくてメロメロ。
直母乳も少しずつ練習して、ゆっくり飲めるようになってきている。
そうなのだ。なんで直母乳を飲めているかどうか分かるんだ?と思う方もいるでしょう。そうです、そうなんです。直接母乳の度に毎回体重を測っているのです!!!!!

これがめっちゃ厄介!!!!!
うんち&おしっこも毎回計測して時間や重さを記録するのですが、母乳を飲ませる時も計測しないといけないのです!
ただでさえ、まだ抱っこするのも慣れていないのに、足についた計測装置を外れないように抱っこして体重計のあるホールまで行き、体重を測り、おっぱいを飲ませ、せっかく眠ったりしている子を抱えてまた体重を測りにホールへ行き、体重計に乗せると起きて泣くのでまた抱っこして寝せて。。。という手間が発生するのです!
ちなみにうんちやおしっこも毎回子ども用トイレに置いてあるスケール(料理用みたいなg単位で分かるスケール)までオムツを持って行って計測しないといけません。時間と回数も記録するので、もはや赤さんが眠った隙に測りに行くしかない!
ム父さんがいてくれた19時まではよかったけど、そこから先は私一人で全部やらないといけない!この計測地獄は想定外だった!!!こんなに大変だとは!!!
当たり前だけどベッドを離れるときは必ずベットの柵をつけなければならないので自分のトイレに行く時でもさっとは行けない。とにかく空き時間がほとんどない!!!
直接母乳の時は体重も計らないといけないので大変だから結局合間で搾乳して、それも計測して飲ませないといけないし、気づいたら夜が明け、一睡もできなかった!!!!!30代で初めての完全徹夜を味わった!

4月15日術後10日目(生後13日)

そんな訳で、赤さんをあやしながら白んでくる空と朝の富士山を眺めつつ(病棟から富士山が見えるのは癒された)一睡もできなかった震える体で思ったのは「今日も付き添いは無理!!!」という事でした笑 
新米母の私には赤ちゃんの事もよくわからないし、自分の体もまだ治ってないし(鎮痛剤を切らすとダメな状態がまだ続いていた)、病院のシステムもわからないし、これは続けたら自分が倒れる、と思いました。もちろん、病院のスタッフさんを捕まえて相談して、ちょっと見ててください!とか、多少赤さんが泣いてても気にしないくらいのメンタルがあればよかっただけなのですが、いかんせん、私の産後のメンタルは非常に弱っており、赤さんが泣けばオロオロし、スタッフさんに頼る頼り方もままならず、ただひたすら、早く退院してム父さんと一緒に穏やかにお家で育児がしたい、この計測地獄から一刻も早く脱したいと切に願うばかり。
11時ごろム父さんと合流してようやく仮眠。泥のように眠る。
担当医の先生に「付き添いどうでしたか?」と聞かれ、「一睡もできませんでした!!!」と元気よく答えてしまった。本当に眠れなかったのだから仕方ない。
そして、自分の身体のためにも、面会時間の最初から最後まで病院に来るけど、夜は家で休もうと思います、と思い切って相談。あっけなく了承を得た。赤さんには申し訳ないけど、完徹をもう一日するほど私には体力がなかった。ごめん!そして内心家に帰れると思うとホッとした。
その日も1日ム父さんと交代で計測地獄をすり抜け、動画を撮ったりしながら赤さんの仕草に一喜一憂して過ごしていた。
すると我々の切実な願いが通じたのか、「赤さんはすこぶる順調に回復しているので、最速で明後日退院出来るかも!?」と担当医の先生からのお話!嬉しすぎる!!!!!
20:00前、最後の直接母乳を済ませ、また明日来るからね、言って帰宅。数時間後にはまた会えるのに、別れ際はやっぱり寂しい。メンタル弱ってるから涙も出る。
そして帰宅するとまた泥のように眠った。でも搾乳の時間になるとタイマーのように必ず目が覚めるから、人体の不思議。


4月16日術後11日目(生後14日)

この日はたくさん検査があって、朝からバタついていた。
付き添いをしないとなると、コロナの関係で両親揃っての面会ができなくなる。ム父さんと交代で赤さんのお世話をするのだが、検査があると時間が前後してお互いなかなか直接赤さんに会えない。そのため直接母乳を飲ませられないので搾乳をして過ごす。
16時ごろ、寝不足がまだ抜けきらず、待合室でうたた寝をしていると、突然、担当医の先生が来て

「お母さん、明日退院できますよ!」
と声をかけてくれた。

遂に!!!!!

退院が決まった〜!!!!!バンザ〜イ!!!!!!!

その先生の明るく元気な声が私には神様の声のように聞こえた。神様の声なんて聞いたことないけど笑 そのくらい嬉しかった!

そこからは退院準備の説明が盛りだくさん。

術後の傷の事で異変があった場合の連絡先(写メで外科医の先生に直接相談できるというありがたい仕組み)、予防接種は退院後3ヶ月はしない事(輸血の関係らしい)、腕を強く引っ張らない事(術後間もないので胸が開いてしまうことがあるそうだ。恐ろしい)、1日3回循環機能を補助する薬を飲ませ続ける事、へそのをがまだ取れていないのでそのケアのことなどなど。
それでも明日退院できるのだというだけでメチャ嬉しくて「はい!何でもします!」と言いたいくらいだった。
その日も20時前まで面会し、「明日三鷹に帰れるよ〜!マイスウィートホームだよ〜!やったね〜!」と赤さんに声がけし、ウキウキと帰宅。

 


4月17日術後12日目(生後15日)

遂にセレモニードレス、そして妊娠中に編んだおくるみを使う日が来た!
退院時はせっかくなので記念写真を撮ってもらった。
こんなに早い退院は異例らしいけど、とにかく退院できるんだからオールオッケ〜!
コロナがあったり、入院数が増えてベッドが足りなくなったのかもしれないし、我が家が帰宅しても夫婦揃って育児できるから先生がOKしてくれたのかもしれないけどとにかく退院は退院だ!
2日くらい前に先生から「早く退院したいですか?」って聞かれて、え?当たり前じゃん!って思ったけど、ワンオペのお母さんとかは早く退院しすぎると家で余計に大変だから、落ち着くまで付き添い入院する人も多い、と聞いてなるほど、それもそうなのか。とも思った。

確かに最初の説明では退院まで3ヶ月くらいはかかると思ってくださいって言われたな。搾乳用のフリーザーパック大量に余っちゃったYO!なんて浮かれている。
退院前に直接母乳の姿勢のアドバイスなんかもしてもらい、手術してくれた外科医の先生とも少しお話ができ、とにかく感謝でいっぱいだった。
そして嬉しかったのは「基本的に普通の子と同じように育ててあげてください。次回は1ヶ月検診の時に会いましょう。またね〜」と担当医の先生が言ってくれた事。
手術の影響で稀に障害を持ってしまったりというケースもある。でもそういう子は小児科の先生が見ればだいたいすぐ分かるそう。言語の障害などは大きくならないと分からない事もあるけど、そういうケアも含めて定期検診をしてくださるそうだ。
もちろん退院して何かあったら…とか、障害とか出てきた時に自分は気づいてあげられるのか?など不安がゼロなわけじゃないけど、不安がっても仕方ない。
とにかく赤さんの生きる力を信じて全力で愛情を注ぐ事しか私には出来ないし、それがベストなのだろうと思う。

お昼過ぎ、退院手続きが全て完了し、タクシーで帰宅。
ああ、この柔らかくてふにゃふにゃの生き物が遂に家にやってくるのだ!
赤さんは移動中もスヤスヤと眠っており、とてもお利口であった。

ようやく私の母にも会わせることができ、三鷹でのニューライフがスタートするのだった。

出産時3720gで生まれた赤さんの体重は3280gまで激減して退院した。
そうなのだ、きっとこの手術の事を生まれる前から知っていて、大きく生まれたに違いない、と私は思う。さすが我が子、と思う親バカなのでした。


多分続く。