uwabami days

アーティスト活動を生業とする三鷹在住アートユニットuwabamiの日々

赤さん 7 NICU(新生児集中治療室)

2020年4月に母になった、はらだの独り言のような子育て日記ブログ。徒然なるままに書きました。

 

4月10日術後5日目(生後8日)

榊原記念病院に通うのもだいぶ慣れ、タクシーじゃなくても身体も大丈夫そうなので、Googleマップの職場に病院を登録した。これでルート検索が簡単に。我が家から病院までは時間によって乗り継ぎが違い、うまくやらないとなかなか辿り着けない。職場として登録し、その時一番良さそうなルートで行こう。実際、出勤するように毎日通っているし。これが私の今の仕事だし!

NICUに移動すると、少し生活感が増し、両親がある程度のお世話をする事ができるようになる。面会可能時間も長くなり、コロナ対策で両親のどちらか一人だけ入室というルールはあるけれど、交代で会えば1日に父と母の両方が面会できるようになった。

 

具体的にお世話とは、スタッフさんがついてくれ、抱っこしてミルクや搾乳した母乳を解凍して哺乳瓶に入れたものをあげたり(まだ直接母乳は体力的に厳しいのであげれない)、沐浴をしたり、身体を拭いてあげたり、オムツを替えてあげたりできるようになる。

また、着替えやバスタオル、ボディーソープやボディーミルク等が必要になり、全てのものに名前を書き、病院に置いておく事になる。

 

NICUに移動する前日の夜、私は張り切って着替えやバスタオルに赤さんのネームタグを刺繍して縫いつけた。寝不足でフラフラだったが、油性ペンでただ名前を書くのに抵抗があり、どうしても刺繍したかった。しかもタオルの柄などに色を合わせて全部違う色にしたいという謎こだわりが発動。手伝いに来ていた私の母にも指示を出しつつ、下着やタオルなど全部で7種類縫いつけ、満足した。

こういう謎の努力が、私にとって大切だった。

赤さんにしてあげられる事があるだけで気持ちが安らぐ気がした。

 

そしてNICUに移動した4月10日、なんとム父さんは初抱っこできたのだ!!!!!

ム父さんは父親として認めてもらうべく、積極的に搾母乳をあげたり、沐浴をしたりして過ごしたそうで。スタッフさんから、「お父さん、すごく積極的にお世話してくれてましたよー!」と報告が 笑。

そうだよねー、私は産んで1日半一緒に過ごしてるけど、ム父さんはコロナで面会できなかったから今初めてちゃんと抱っこできたんだよねぇ。

赤さんは初めての父抱っこの中、ゴクゴクと幸せそうに搾母乳を飲んでいた。(動画を撮ってもらった)哺乳瓶で飲むのも運動。最初は管を通してしか飲めなかったのに、哺乳瓶から飲めているというだけで感動!そして目が開いている所を見れたのも感動!!!二重かな?なんて待合室でム父さんとキャッキャと話したりして。

そして先生から「言うことは何もないくらい順調です」と笑顔で言ってもらい、またまた親バカ発動。さすが赤さんだと賞賛。
本当に面会の時間があっという間。しかし、ほこほこしたあったかい気持ちで赤さんを賞賛しながらム父さんと帰宅できるのが今はありがたい。

 

4月11日術後6日目(生後9日)

今日はおしっこ用の管が取れた!!!

瞬きもたくさんして、キョロキョロ目を動かし、搾母乳も一回30から40mlくらい飲めるようになった。今日は私が抱っこして搾母乳をあげる事ができた。まだ管が色々ついているので、それらが抜けたりしないよう、バスタオルで包んだまま抱っこする。久々の授乳だ。というか、哺乳瓶であげるのって、もしかして初めてだったのかも。哺乳瓶を赤さんの口にあてると迷わずゴクゴクのむ。しっかり食べて、しっかり眠る。本能で生きている。本当に生命力ってすごいなぁと改めて思う。

 

赤さんがちゃんと搾母乳を飲んでくれるので、私も3時間おきの搾乳を張り切ってやっていた。夜中でもちゃんとタイマーのように目覚めて、夜な夜な搾乳する習慣がついていた。最初は10mlくらいしか出なかったのに、今は1回50mlくらい搾乳できるようになった。母乳とは本当に人体の不思議である。何故産むと出てくるのか?

 

4月12日術後7日(生後10日)

今日も元気に出勤ー!笑

毎日順調に回復する赤さんが嬉しくて、通院も楽しい。今日は搾母乳を50ずつ飲んだ赤さん。飲みっぷりも豪快で素晴らしい。そして、鼻の穴の管が細くなって鼻が見えるようになったのがまた嬉しい!!!

先生からは「これからどんどん管が取れますよ〜」と言ってもらえ、嬉しくて待合室で小躍りする両親たち 笑

 

指しゃぶりする所が見れたり、声をだしたり、両目でこちらをじっと見てくれているだけで面白い。眠る時のポーズが妊娠中のエコー写真で見てたポーズと同じで微笑ましい。左手を顎の下に持ってきて首を傾げてるようなポーズ。

 

ちょっと前から気になっていたのが、おしゃぶり的役割だと思われる哺乳瓶の乳首がベッド脇に常に置かれている事。

このNICU(PICUもくっついている)にはたくさんの子供たちがいる。全部で15台以上はあるであろうベッドはほぼ満室。それだけ命の危険に晒される子供達が日々駆け込んでくる、という事なのだろうか。スタッフさんがいつも忙しそうで、子供に対してちょっと人数が足りないのでは?という印象を受ける。もちろん、皆様丁寧に子供達を看てくれているのだろうけど。

この哺乳瓶の乳首は、きっと赤ちゃん達を鎮めるためのものなんだと思われるが、これをテープで口にとめている事がある。安全のためにもそうするのだろうけど、なんか少し可哀想な気がしてしまうのだ。

早く元気になって退院できたらいいなぁと改めて思う。

 

4月13日術後8日目(生後11日)

今日も元気に出勤ー!とバスで病院に向かっていると、なんと榊原記念病院から電話がかかってきた!ドキドキドキドキ心拍数があがる私。何か問題でもあったのか?!これはもしかしたら緊急かもしれないから電話に出よう。

「もしもし?」

「あ、赤さんのお母さんですか?どうも。担当医です。今ってもう病院向かってますか?」

「は、はい。今向かってます。(バスの中だし、緊張もあってかなり弱々しい声)」

「そうですか。ならー、、、そのまま来てください。」

「は、はい。(おそるおそる)」

「あ、悪い知らせとかじゃないので心配しないでくださいね。」

「あ、ホッとしました〜。(早く言ってくれぇー!!!)」

「着いたら説明しますので、手術の説明した面談室に来てください」

「は、はい。ありがとうございます(何の説明???)」

「ではまた後ほど〜」

「は、はい。よろしくお願いします。(フランクだなぁ)」

電話を切った後、一息つく。

そういえばもしかしたら小児病棟に移るかもしれないと昨日帰る時にスタッフさんが言ってたからその説明かな?という事は順調なのかしら???

 

到着すると、何と赤さんは小児病棟へ既に移っていた!とても回復が順調なのと、NICUのベッドが足りない事もあり、今一番状態のいい赤さんが小児病棟に移る事になったのだ!

 

そして、顔の管が全部取れてる!!!もう自力で呼吸できるんだねぇ!赤さんの肺も頑張って回復したんだねぇー!!!すごいぞー!!!

 

 

続く。